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ミハエル・シューマッハ シリーズ ー ⑤ 初優勝の軌跡:衝撃のデビューから一年 スパウェザーが生んだ伝説の新たな一歩 F1GP in ベルギー(1992年)

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表題の画像:出典Iwao, Michael Schumacher at 1992 Monaco GP, CC BY 2.0, via Flickr.

ミハエル・シューマッハ F1初優勝の語り継がれるエピソード

ミハエル・シューマッハ シリーズ ー ④」ではシューマッハが1992年シーズンで初優勝を記録した、と前述しましたが、その初優勝についての有名なエピソードを今一度振り帰りたいと思います。
(30年以上前の出来事でさすがに忘れている部分もある為、自分の記憶と合わせてビデオを見ながら振り返りたいと思います)

ミハエル・シューマッハが初優勝をしたGPは、ベルギーGP(スパ・フランコルシャンサーキット)で、そう、一年前の1991年にエディ・ジョーダン率いる新チーム、『ジョーダンフォード』から衝撃的デビューを果たした同GPとなり、またドラマティックな勝利となり、皆の記憶に残るレースになった。

シューマッハをデビューさせるなど敏腕が冴えました –エディ・ジョーダン wikipedia

世界屈指のテクニカルサーキット –スパ・フランコルシャンサーキット Wikipedia

Planet Labs, Circuit de Spa-Francorchamps, CC BY-SA 4.0, via Planet Stories.
(ベルギーGP スパ・フランコルシャンサーキット)
レースの行方は気まぐれなスパウェザーがドラマティックに演出

予選PPは1992年当時のハイテクマシンと言われたFW14を駆って圧倒的な速さを見せていたウィリアムズルノーのナイジェル・マンセル、2番手にマシン性能に苦しみながらも、ドライバーズサーキットであるスパ・フランコルシャンで、さすがの速さをみせたマクレーランホンダのアイルトン・セナ、そして3番手にこのGPの主役となるベネトンフォードのミハエル・シューマッハがつけた。

フルタイム参戦1年目のこの若武者シューマッハ、がこの上位グリッドにつく事に何ら違和感もなくなり、特段驚く事がなくなったのも不思議な感じでもありました。

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1992年ベルギーGP 予選結果 トップ6
PP:ナイジェル・マンセル(ウィリアムズルノー)
2位:アイルトン・セナ(マクレーランホンダ)
3位:ミハエル・シューマッハ(ベネトンフォード)
4位:リカルド・パトレーゼ(ウィリアムズルノー)
5位:ジャン・アレジ(フェラーリ)
6位:ゲルハルト・ベルガー(マクレーランホンダ)
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freeman(私)
freeman(私)

このGPは30台が予選に参加、4台が予選落ちで決勝レースに出走できず。
最後方グリッド、25位に鈴木亜久里(フットワーク無限ホンダ)と26位に片山右京(ラルースランボルギーニ)の日本人2人が並びました!

決勝レースはスパウェザーが演出・セナは賭けに失敗

このレースはスパウェザーにより、ドラマティックに演出される事になった。
(スパは山の中にあるサーキットで、全長も約7kmと長く、雨が降っている場所と降っていない場所があり、この年では無かったかもわかりませんが、実際その様な場面もテレビで見かけることもあり、サーキットの大きさを実感出来ましたね!)

レーススタート時は雨はまだ降っておらず、全車スリックタイヤでスタートしたレース序盤。
ただ雨模様も気になるスパウェザーの中で進んで行き、天気を読み、また路面状況を把握し、タイヤ交換によるタイミングもレースを左右すると言う難しいレースになった。

スタート後、間もなくして雨が降り出し、レインタイヤに履き替える為に続々とマシンがピットイン。
その時、マクレーランホンダのアイルトン・セナはこの後また晴れて来ることに賭けてスリックタイヤのままコースに留まる。
結局雨は降り続きセナの賭けは失敗に終わり、順位を落としてからレインタイヤに交換せざるを得ず、後方に下がった。

その後さすがスパウェザーと言われる天気、今度は雨がやみ、徐々にレコードラインも乾いてくるほどまでになってきており、やや後方を走っていたセナは一発逆転を狙うにはまた賭けるしかなく、いち早くピットインし、レインタイヤからスリックタイヤに履き替えた。

ただ、上位を走るドライバーにとっては、どのタイミングでピットインをするかで優勝争いが大きく変わってくる為、ピットインのタイミングは慎重にならざるを得ない状況。
そんな中、それを読み切ったのが『ベネトンフォードのミハエル・シューマッハ』だった。

雨が降ったりやんだりで、皆ウェットタイヤを装着してレースも終盤に差し掛かってきたところ、シューマッハ自身が3位走行中にスピンを喫してコースオフしてしまう。(30周目/レース全周44周)

この時、後ろを走っていたチームメイトのマーティン・ブランドルに抜かれる事になるのだが、「ここ」がこのレース最大のポイントだった、とレース後に種明かしがあり、シューマッハのキャリアの中でも有名なエピソードの一つになる。

ずば抜けた観察力・洞察力でレースを支配したシューマッハ

スピンしたシューマッハは、追い抜かれた際にブランドルの走行中のリアタイヤをみて、ウェットタイヤでの走行に限界が来ている事を察知。

自身のスピンがあり、またその際に追い抜いていったチームメイトのブランドルのタイヤを見て、すぐにピットに入る判断をしてシューマッハはドライタイヤに交換。

結果、このドライタイヤへの交換が見事に的中し、シューマッハがファステストラップをマークしながら走行し、それを見た各チームも数周遅れで同様にピットインを行いドライタイヤに交換を済ませるが、時すでに遅し。

他のドライバーよりいち早くタイヤに交換をした後のシューマッハのペースは速く、また2位のマンセルもトラブルを抱えながらの走行だった様で、独走態勢に入っていた。

迎えたファイナルラップ。
バスストップシケインの立ち上がりから、初優勝を噛み締める様にゆっくりとしたスピードでチェッカーが待ち受けるホームストレートへ向かうシューマッハ。
思わず解説の今宮さんも「こんなゆっくり走るシューマッハは見た事ない」とコメント。

23歳、新鋭ミハエル・シューマッハが劇的な初優勝を挙げた瞬間だった。

レース後、前述の「ブランドルのタイヤを見て、自身のタイヤ交換のタイミングを悟った」エピソードを耳にする事になるのだが、とてもF1参戦18戦目とは思えない冷静な判断を見せたミハエル・シューマッハの勝利だった。

これから先、数多くの勝利をあげていく事になるシューマッハは、ここベルギー、スパ・フランコルシャンサーキットで皆の記憶に残る初勝利を挙げた瞬間でした。

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1992年ベルギーGP 予選結果 トップ6
優勝:ミハエル・シューマッハ(ベネトンフォード)

2位:ナイジェル・マンセル(ウィリアムズルノー)
3位:リカルド・パトレーゼ(ウィリアムズルノー)
4位:マーティン・ブランドル(ベネトンフォード)
5位:アイルトン・セナ(マクレーランホンダ)
6位:ミカ・ハッキネン(ロータスフォード)
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freeman(私)
freeman(私)

6位までが入賞(1位10P・2位6P・3位4P・4位3P・5位2P・6位1P)
このレースで優勝したミハエルシューマッハはF1フル参戦1年目、18戦目での初優勝。
またF1参戦2年目のミカ・ハッキネンもロータスフォードで6位に入賞しており、活きのいい若手2人が上位で活躍しました。
1回目のタイヤ交換の賭けに失敗したセナも5位まで巻き返しました!

シューマッハが自身の瞬時の判断で初優勝を手繰り寄せた1992年のベルギーGPでした。
ただものではない、と思わせたシューマッハ。

当時のベネトン首脳陣、フラビオ・ブリアトーレやトム・ウォーキンショーも抱き合って喜んでおり、懐かしさを感じます!

この後、シューマッハの活躍をリアルタイムで見ていく事になり、まさしくただものでは無かったわけですが、ミハエル・シューマッハと言えば『緑のマシンのジョーダンフォードでデビューしたベルギーGP』を思い出し、また『黄色のマシンのベネトンフォードで初優勝をしたこのベルギーGP』を思い出します!

このレースについての結果はこちらからご確認頂けます 1992年ベルギーGP – Wikipedia

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