表題の画像:出典Martin Lee Flickr CC BY-SA 2.0
シューマッハ ベネトンでの注目の予選と決勝レース
ベネトンへ電撃移籍したミハエル・シューマッハ。
移籍後の注目の予選はベルギーGPと同じ7番手を獲得。
かつてワールドチャンピオンを3回も獲得しているチームメイトのネルソンピケを上回るタイムをマークし、ベネトンへの移籍に関しての周囲のざわめきを払拭させる走りを見せた。
シューマッハがこのベネトンフォードをテストする機会はかなり限られていたはずで、しかもF1デビュー2戦目。
『この男はやはりただ者ではない』、と改めて強く印象付けるとともに、同じ様に感じ、それに確信を持ったF1ファンも多かったはずです。
また、この予選に関してのもう一つの注目点は、シューマッハと入れ替わる形でジョーダンに移ったロベルト・モレノ。
シューマッハと入れ替わる形でジョーダンに移籍したモレノも、予選9番手と意地を見せ、新チームに慣れる暇もない中、チームメイトのデ・チェザリス(予選14番手)を大きく上回るタイムを記録した。
ただマシンが変わった、だけでは無く、シート合わせやマシンのフィーリンやセッティング等、同じF1マシンでもマシン特性は違う中で、モレノの意地としか言いようがないタイムを叩き出している。
グリッドは7番手にシューマッハ、8番手にピケ、9番手にモレノと言う隊列になり、偶然とは思えない並びに。
この運命的なグリッドが、今回の移籍劇を象徴するかのようだった。
シューマッハに話しを戻すと、このレースは決勝もしっかりと走り切り、チームメイトのピケを抑えて5位でフィニッシュ。
F1デビュー2戦目で見事に初ポイント(2ポイント)を獲得した。
※1991年当時は 1位:10P 2位:6P 3位:4P 4位:3P 5位:2P 6位:1P で6位までが入賞。
このレースを皮切りに、彼は数々の歴史的瞬間を作り上げていくことになります。
その第一歩が、ここ、ベネトンで始まりました。
1991年 F1イタリアGPの決勝レースの結果は、タイトル争いをしているマンセルが優勝、セナが2位、3位には地元フェラーリがが入り、ディフォシの前で何とか面目を保ちました。
詳細なレース結果は、Wikipediaの1991年F1イタリアグランプリの記事をご覧ください。
1991年F1イタリアグランプリ-Wikipedia
残りのレースも印象深い走りをし、目が離せない存在の一人に
また、シューマッハは1991年の残りのレースでも印象深い走りを見せ、第14戦のスペインGPでは、マクラーレンの2台、ウィリアムズの2台に続く予選5番手を獲得し、プロスト、アレジのフェラーリ勢より前からのスタートとなった。
決勝のレースではマンセルとベルガーが競っている間に、気付かぬうちに2人のすぐ後ろまで迫って来ており、さらにオーバーテイクを試みるまでにいたり、「ここにシューマッハがいてたのか!?」と皆、驚いたワンシーンでした。
自分より前を走っているマシンがいれば、それが誰であろうと抜きにかかる。
デビュー当時のシューマッハの走りを象徴するアタックでした。
結局このアタックは失敗し、シューマッハはスピン、ただグラベルから脱出してその後もレースを続行。
チームメイトのピケは11位完走のなか、6位入賞し、自身とチームにポイントをもたらした。
続く第15戦の日本GPでの予選では130Rで大クラッシュを演じるなど、まだまだ荒々しい一面もあったが、22歳の若武者は確実にF1の未来の扉を開けていった。
シューマッハの1991年デビューからベネトン移籍は、F1の歴史に残る瞬間の連続でした。
デビューからベネトン移籍までを3回にわたって書きましたが、今後も彼のキャリアを振り返りながら、さらなるエピソードを綴っていきたいと思います。


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