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佐藤琢磨シリーズ -⑦ 日本人初のフロントローから掴んだ歓喜と悔しさ 表彰台の夢と消えた白煙の記憶 2004年 F1ヨーロッパGP

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トップ争いでも攻める姿勢を貫く琢磨

前回の佐藤琢磨シリーズ -⑥では2004年ヨーロッパGPの予選で2位、日本人初のフロントロー獲得をした事を綴りました。
今回はフロントローに並ぶ佐藤琢磨がどんなレースを見せてくれたのか、当時を思い出しながら綴っていきたいと思います。

2004年 ヨーロッパGP スターティンググリッド TOP4

ミハエル・シューマッハに次いで2番グリッドからスタートする佐藤琢磨。
応援しているファンとしても、日本人ドライバーがフロントローからスタートするなんて、こんな時がくるなんて、と言う感激でいっぱいでしたが、その事実や風景に慣れてくるもので、今度こそPPを獲って欲しい、と言う貪欲さも出て来てしまいます。

freeman(私)
freeman(私)

いよいよ決勝レースがスタート!
琢磨ならやってくれる!

でも、まずはこの決勝レースで表彰台にあがって欲しい、そんな期待が多くのファンにあったと思います。
私もテレビに噛りついて見ていましたが、レーススタートが近づいてくるとともに、琢磨ならやってくれると言う期待と、一方で切れた走りをし過ぎないか、と言う不安が入り混じっていた事を思い出します。

フォーメンションラップが終わり、各ドライーバーがグリッドについていく。
琢磨が最前列のフロントローに。
テレビを見ながら最前列に日本人がいるなんて、とまた感激。

全ドライバーがグリッドにつき、マシンが雄叫びを激しくあげる!
レッドシグナルが点灯し・・・ブラックアウト!

レースがスタートした!
PPからスタートしたシューマッハに続いて予選3位のルノーのトゥルーリがロケットスタート。
この年のルノーは総じてスタートダッシュが良く、琢磨がトゥルーリに先行されながら、マクラーレンのライコネンも横から来ている、1コーナーはヘアピンになっており、ブレーキングで団子状態になるので、自分の場所取りが重要になってくる。

シューマッハ、その次にトゥルーリ、その横に半シャシー位遅れて琢磨の順で1コーナーへ進入していくブレーキング時、琢磨はブレーキングを遅らせて鋭い突っ込みを見せ、シューマッハとトゥルーリの間に割って入って2番手でヘアピンを立ちあがっていく。
接触ギリギリの一瞬、ヒヤッとする瞬間だった。

『いやいや、琢磨、普通に走ってくれたらマシンも十分早くて琢磨自身も乗れてるから、表彰台狙えるから、接触事故はやめてくれ!』と思うのは、それこそ勝手なファン心理なものの、きわどい攻防に手に力が入ってしまう。

freeman(私)
freeman(私)

琢磨!レースは始まったばっかり!
オーバーテイクも出来るコースやから焦らずに!

ヘアピンを立ち上がって画面が切り替わると、シューマッハ、トゥルーリ、ライコネン、その次に琢磨と言う順番になっていた。テレビでは映っていなかったが、どうやら1コーナーのヘアピンは2番手を死守したものの、その次のコーナーあたりで2台にかわされていた様だった。

コーナーを駆け抜けていくたびに徐々に隊列は整っていき、レースの組み立て、戦略にうつっていく。

レースは進んで行き、トップのシューマッハがピットイン。
早い段階でのピットインからわかる様に、シューマッハは搭載燃料を少なくして予選に挑んだ様だった。
(地元ドイツで開催されたヨーロッパGPで、何が何でもPPを獲りにいったんでしょうね)

レースが進んでいき次々とピットインをしていく各ドライバーがいる中、琢磨はまだコース上におり、以外と燃料を搭載しながらも予選2位だったことがわかる。
また、このタイミングで琢磨がトップに立ち、F1で日本人ドライバーがラップリーダーとなる!!

日本人がF1でトップを走るなんて、ラップリーダーになる日がくるなんて、何とも言えない身体の中から湧き上がるものがあったことが思い出されます。
また、世界で放映されるF1。
海外から見ても日本人・アジア人がF1でトップグループで走るのを目にする事が初めてなわけなので、それは印象に残った事だと想像されます。

freeman(私)
freeman(私)

日本人ドライバーがF1のレースでラップリーダーを記録!
「1位走行 佐藤琢磨」 しびれますね!

日本人ドライバー・アジア人ドライバーとしてF1で初めてのラップリーダーとして歴史を刻んだ琢磨もピットイン。
ピットイン後は2番手でコースに復帰!
その後も順調に周回を重ねていく琢磨に、「もしシューマッハがリタイヤしたら優勝あり得るぞ!」と、多くの人がその様に思ったはずです。

レースのタイヤ戦略、搭載燃料の戦略等、緻密に計算された戦略をドライバーがミスなく遂行していく。
ただ早いドライビングだけではなく、チームに沿った戦略に応える走りも現代(2004年)のF1では必要で、このレースでは琢磨もそれを遂行していたレースだった。

© Martin Lee / Flickr CC BY-SA 2.0
(ドライバー:佐藤琢磨)

ピットクルーもしっかりと2回目、3回目のピットインもそつなくこなして、その時点でBARホンダの佐藤琢磨のポジションは、ミハエル・シューマッハ、ルーベンス・バリチェロに次いで3位でコースに復帰!
60周の決勝レース、44周目に3回目の最後のピットストップもすめませて3位と言う事で、この時、琢磨の「3位表彰台」を確信したファンは多かったと思いますし、私もそう確信した事を覚えています。

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1位走行:ミハエル・シューマッハ(フェラーリ)
2位走行:ルーベンス・バリチェロ(フェラーリ)
3位走行:佐藤琢磨(BARホンダ)
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freeman(私)
freeman(私)

よし!最後のピットストップを済ませて3位!
琢磨、今回は表彰台いける!

ただ琢磨のペースが速く、前を走る2位のフェラーリのバリチェロに追いついてくる。
オーバーテイクをして2位に上がる事が出来るチャンスが来たとは言え、いちファンとしては、『琢磨、フェラーリの後ろでいいから、とりあえず3位でいいから表彰台にあがってくれ!』と思っていた様な気がします。

ただ、琢磨は生粋のアタッカー。
メインストレートから1コーナーにヘアピンにアプローチする時、バリチェロの隙をついて琢磨がブレーキングを遅らせてバリチェロのインに飛び込んだ。
バリチェロは琢磨がまさかここで仕掛けて来るとは思いもしていなかったのか、気付いていなかったのか、琢磨が半シャシー入ってきていたが、バリチェロはインを閉め2台は接触。

テレビ中継ではこの瞬間空撮に切り替わり、この接触で2台のいずれかのマシンのパーツが壊れ、飛び散ったのが見えた。
また、その次に琢磨のオンボードカメラに切り替わり、琢磨のフロントウィングが破損していることがわかったーーー。

ピットに入るしかないーーー
ピットに入りフロントノーズを交換してコースに復帰すると5位。
言葉が出ず、手を強く握りしめ、テレビを見つめるしかなかった。

その次の周の最終コーナーで派手に白煙を上げているマシンがいたが、それはBARホンダの佐藤琢磨だった。
白煙を上げながらメインストレートのピットウォール側に静かにマシンをとめるしかなかった。

無念のリタイヤ。
ファンとしては、「長年F1を見てきて、こう言う事は起こりえる事」だと分かりつつ、気持ちの整理が出来ない。
それは琢磨本人が一番そうだろうと思い、琢磨の気持ちを想像すると本当に悔しいレースとなった。

チームとしてはバトンが3位表彰台。こういうところがバトンの優れているところ。
レース後のインタビューではバリチェロの「琢磨アマチュア」発言もあり、あの琢磨のアタックに対してF1界でも賛否がおこる。

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2004年 Rd.7 ヨーロッパGP 決勝レース結果 TOP8
1位:🥇ミハエル・シューマッハ(フェラーリ)
2位:🥈ルーベンス・バリチェロ(フェラーリ)
3位:🥉ジェンソン・バトン(BARホンダ)
4位:ヤルノ・トゥルーリ(ルノー)
5位:フェルナンド・アロンソ(ルノー)
6位:ジャンカルロ・フィジケラ(ザウバーペトロナス)
7位:マーク・ウェバー(ジャガーコスワース)
8位:ファン・パブロ・モントーヤ(ウィリアムズBMW)
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8位までが入賞(優勝が10ptで2位以下8pt・6pt・5pt・4pt・3pt・2pt・1pt)

結果論で言えば、琢磨の方がペースが速かったので、確かにもう少し冷静に見ていき確実にオーバーテイク、と言うことも出来たかもわからない。
ただそれは結果論であり、あそこで琢磨がアタックすべきとしてアタックした、それが全てであり、「No Attack, No chance」の信念を貫く琢磨の姿勢、レーシングドライバーが常にオーバーテイクを狙う、このシンプルな姿勢に賞賛の声も大きかった。

ただ、ファンとしては表彰台にのぼってほしかった、それが本音でした。

今回のヨーロッパGPは良い走りを見せてくれた琢磨だったが、やはり結果も求められる。
次戦以降の2004年の戦いを追っていきます。
次回もお楽しみに!

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