F1ドライバー佐藤琢磨の誕生
今回は日本人F1ドライバーとして初優勝やワールドチャンピオンの期待も夢見た『佐藤琢磨』選手をクローズアップしたいと思います。
別のブログで『F1歴代日本人フルタイムドライバーの系譜』を書いた際にも触れましたが、佐藤琢磨選手は私と同年代にあたり、感情移入が他のドライバーより強く、その活躍に一喜一憂していました。
佐藤琢磨がF1デビューした当時、多くの雑誌やビデオ、インターネットで彼の異色のキャリアが話題になり、その事実にはとにかく驚かされました。
デビューに至るまでの驚愕のキャリアの持ち主
琢磨選手のキャリアを今さらわたしがここで書くことでもない位、『佐藤琢磨』とネット検索するだけで出てきますが、当時そのキャリアの中でやっぱり最も驚いた事が、「大学まで自転車競技に没頭していた」と言う事で、それには本当に驚きました。
高校時代は自転車部がなくて自分で立ち上げたエピソードも有名ですが、かいつまんで書いてみると、『部のない学校に自転車部を立ち上げ、たった一人で競技を開始した琢磨選手は、94年のインターハイで優勝し、その後もインターカレッジ2位や全日本学生選手権優勝を果たすなど、異例の成果を挙げています』となっています。
要するに部活を立ち上げて、さらに「日本一」になった男。
この時点で、普通ではない行動力の持ち主であることがわかりますね
佐藤琢磨選手の事を調べて読み出すと、ついつい没頭してそのページから抜け出せなくる位、引きこまれます。
上記の自転車競技のエピソードは『佐藤琢磨』がF1デビューの際に目にする事になる、誰しもが驚く琢磨のキャリアになるのではないでしょうか。

高校、大学と自転車競技をしていたのか!?
1987年に鈴鹿サーキットで観戦したF1への憧れがあったとは言え、そこから本当にF1目指したって、思うだけじゃなく本当に行動に移すところが・・・凄い。
F1ドライバーまでにいたるキャリアとしてよく聞く話しでは「幼少の頃から父親にサーキットに連れて行ってもらい、小学校の頃からそこでカート競技を始める様になったのがきっかけだよ」とこう言う話しは多く聞きます。

TAKUは20歳くらいからカート始めたの!?
俺は5歳からやってるよ!
それだけ小さいころからモータースポーツに携わっておかないと、20歳前後でF1デビューなんて出来るわけはなく、また普通の家庭で幼少期からサーキットでカート競技をする事は非現実的で、それだけF1ドライーバーになることは極々限られた狭き門だと言う事がわかります。
佐藤琢磨と言う人柄にも惹かれる
ただ、佐藤琢磨は前述の通り「F1までの良くあるキャリア」をある意味ぶち壊し、またモータースポーツを始めてから僅か5年でF1まで登り詰めた異様なドライバー、自分の決めた目標にまっしぐらに突き進む姿勢、その人柄に興味が湧かない訳が無かった。
もしや、「自分もF1ドライバーになれたのでは」、とも楽しく想像させてくれました。
また、今やアラフィフになりましたが、同年代である琢磨選手と、生まれてからほぼ同じ時間を過ごしてきているわけですが、琢磨選手のこの経歴を目にし、自分はと言えば地元の会社に就職し、朝出社し、夜は帰って寝るだけの繰り返し、「自分は平々凡々と何をやっているんだろう」と、その当時は劣等感を凄く感じたことも覚えています。
また、今や私も老眼がはいってきており、日常のクルマの運転も若い頃の様にはいかなくなりましたが、今(2025年)、なおも現役で走り続ける琢磨選手には本当に頭が下がります。

アラフィフになっても、まだ時速300km以上のスピードでマシンを制御できるとは、まず、目が追い付いていかず、同じ年代の私にはちょっと想像が出来ないです。
話しを戻しますと、F1デビューまでのキャリアでこれだけ異色なドライバーも少ないと思いますし、少し個人的な感情移入があるドライバーとは言え、デビュー前でこれだけ書けてしまう『佐藤琢磨』はやはり特異な存在としか言いようがありません。
まだまだ綴りたい事がたくさんありますので、日本人F1ドライバー佐藤琢磨シリーズとして綴っていきたいと思います。
次回もその特異なキャリアと、また自分の重ね合わせて心情とかも合わせて描いていきます!
お楽しみに!



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