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ミハエル・シューマッハ シリーズ ー ④ 未完の天才、完成への軌跡:1992年型マシン B192を駆ってF1界を席巻!衝撃デビュー地のベルギーGPでは初優勝も記録!

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表題の画像:出典Morio | 提供元: Pavilion Kuala Lumpur | ライセンス: CC BY-SA 3.0 または GFDL

1992年のベネトン時代のミハエル・シューマッハを振り返る

1991年にベルギーGPで衝撃のF1デビューを飾ったミハエル・シューマッハ。
今回は1992年から1995年シーズンまで、ベネトン在籍時に印象に残った場面を振り返り、綴っていきたいと思います。

ドライバーラインアップはネルソン・ピケが引退し、シューマッハがファーストドライバーとなり、2年目ながらチームを牽引する立場となった。(この辺りからして、只者ではないですよね!)


シューマッハのチームメイトとして新たに迎えられたのが、ブラバムヤマハから移籍してきたマーティン・ブランドル。
新星シューマッハとベテランの域に入るブランドル、バランスの良いオーダーになった。

ミハエル・シューマッハ カーナンバー19ドイツ(23歳)前年に続きベネトンをドライブ
マーティン・ブランドル カーナンバー20イギリス(33歳)ブラバムヤマハから移籍
今シーズンも活躍が期待されるベネトンのマシン

第4戦から投入された1992年型マシンのB192は、見た目のコンセプトは前年マシンのB191を踏襲しており、ベネトンが作った新たなトレンドの吊り下げ式ハイノーズのマシンは恐らくは手堅く早いのでは、と期待させるマシンだった。
(タイヤはピレリの徹底に伴いグッドイヤーのワンメイクに)

メカニカル的なことは、そこまで詳細に語れない為、ネット検索をして私も改めて勉強をさせて頂きました。

1992年型マシンで、前年に活躍したB191をさらにブラッシュアップしたB192。

マシンの詳細については、こちらをご確認ください ベネトンB192 – Wikipedia

当時ベネトンに搭載されていたエンジンは、フォードのV型8気筒エンジンで排気量は3,494cc!!
自然吸気エンジンで当時のホンダエンジンやフェラーリエンジン等V型12気筒エンジンもあり、エンジンスぺックをみるだけで、ワクワクしますね!
(テレビを通して、エンジンサウンドを聞けばどのエンジンだったか聞き分ける事が出来る人も結構いたはずです)

これからのシューマッハの歴史をともに作っていくキーパーソンも、既にここから存在

また自分の記憶と照合させてネット検索しますと、マシンの設計者は「ロス・ブラウンロリー・バーン」となっており、なるほど後にさらに大きい活躍をするキーパーソンが既にシューマッハの側にいたことを実感しました。

また、当時のベネトンには「フラビオ・ブリアトーレトム・ウォーキンショー」など、個性的な面々が揃っており、今から見ても、ぞくぞくする強力な布陣のチームだった事がわかります。

期待を持って挑んだシーズンは予想通りの速さを見せ、シューマッハ、ブランドル両ドライバーとも好調な速さをみせました。

1992年シーズンの結果はドライバーズランキング3位に!

1992年シーズンの結果を見ると、優勝1回(ベルギーGP/スパ・フランコルシャン)、表彰台へはその初優勝を含む8回(当時はシーズン16戦なので半分で表彰台!)ドライバーズポイント53ポイントで、ランキングはその年圧倒的な速さ強さをみせたウィリアムズルノーのマンセル(ワールドチャンピオン)、パトレーゼ(ランキング2位)に次ぐ3位につけた。
(1991年ワールドチャンピオンのセナはシーズンを通してマシンのポテンシャルが不足し、シューマッハに次ぐ4位)

繰り返しになるかもわかりませんが、1991年の第11戦と言うシーズン途中からのデビューで、次戦からトップチームの一つであるベネトンへ電撃移籍、さらに実質デビューシーズンと言っていい、1992年でいきなりチームを牽引する立場のファーストドライバーであり、シーズンを通した結果に驚くしかなかった。

また、当時のシューマッハは、その素晴らしい結果とは裏腹に、まだまだ粗削りなドライビングも露呈しており、その未完成な走りが、さらに見る者に「このドライバーは、末恐ろしいドライバーだ」と深く印象付けた。

次回は1992年ベルギーGPでのシューマッハ初優勝を綴りたいと思います!

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