衝撃のデビューから次戦へ
あの難関のスパ・フランコルシャンサーキットで、ジョーダンフォードから衝撃の予選7番手のデビューを果たした、神童ミハエル・シューマッハ。
次戦はどんな走りを見せてくれるのか、そんな期待感を持って楽しみにしていた。
次戦は第12戦、1991年当時のF1カレンダーは全16戦ですので、カレンダー自体も終盤に差し掛かってきており、いわゆるワールドチャンピオンシップをかけたタイトル争いも、いよいよ佳境に入ってくる時期。
この年はセナとマンセルのタイトル争いになってきており、これはF1ファンとしての想像に過ぎませんが、タイトル争いをしているドライバーやチームからすれば、シューマッハの事を「やっかいなドライバーが現れたな」と思っていたかもわかりません。
いや、でも実際シューマッハがF1GPに参戦したのは、前レースのベルギーGP(スパ・フランコルシャン)だけ。なのに、トップチームやドライバーはこの様に思っていたのではないか、と思わせる走りで次戦を迎えました。
迎えたイタリアGP
その男は、ベネトンのパドックにいた。
黄色いレーシングスーツに身を包み、ヘルメットを脇に抱えて右の頬を大きくニヤリとした笑顔で写真撮影に応えている。
なんとミハエル・シューマッハは、当時のトップチームの一つ、ベネトンフォードに電撃的に移籍したのである。
その舞台裏にはF1の政治的な動きがあった事は間違いがなく、バーニー・エクレストンやフラビオ・ブリアトーレまたメルセデス・ベンツを中心に(シューマッハはドイツ人であり、ドイツの自動車メーカーメルセデス・ベンツの育成プロジェクトに選出されていた一人でもあった為)様々な駆け引きがあったと想像されます。
また、前戦のベルギーGPからシューマッハと契約し、F1デビューをさせたエディージョーダンは事の事態に慌てふためき訴訟も起こしたと言われていますが、一人の男のデビューによってこの2週間でF1が大きく動いた移籍騒動でした。。
(エディ・ジョーダンの訴訟も、結果的にはシューマッハとロベルト・モレノが入れ替わる形で決着した?と言われています)
とにもかくにも、ミハエル・シューマッハがベネトンフォードに移籍したことは事実であり、いちF1ファンとして、いや世界中のF1に関係する人達は益々このシューマッハの走りに注目する事になる。
(実際のところシューマッハ自身も強いプレッシャーも感じていいただろうと想像はしますが、当の本人のシューマッハは、自信に満ち溢れた表情や振る舞いで、そんな事を感じさせなかった)
一方、ベネトンから放出されたのは苦労人 ロベルト・モレノ
一方、ベネトンフォードを追い出されるかっこうとなったのは、ロベルト・モレノ。
見た感じからして苦労人のモレノはシューマッハと入れ替わる様にジョーダンフォードへ移籍することになり、モレノの寂しそうな表情が今でも頭に浮かびます。
フォーメーションラップの前にグリッド上でドライバーが三角座りをする映像、たまに見ますよね。
あの屈託ない笑顔が、神妙な表情に、、、そりゃそうなるよね、モレノ、、、

シューマッハのベネトン移籍は楽しみ!だけど、
モレノはちょっと可哀そうな気も、、、
F1ファンとしては、ちょっと複雑な気持ちもあった電撃移籍でしたね。
また、ベネトンでシューマッハのチームメイトになるのは、当時のF1四天王に一人、ネルソン・ピケでした。
それまでのピケとモレノの組み合わせは同じブラジル人同士と言うこともあり、恐らくは上下関係(チームメートの順列)は決まっていた(ピケがNo.1ドライバー)と想像され、そこにモレノに変わってシューマッハが加入となれば、ピケも心中穏やかでは無かった事は容易に想像が出来ます。
次回は、ベネトンフォードでのデビューを綴っていきます。お楽しみに!


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