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F1GP 1993年回顧録・1 -シーズンの幕開け:プロスト復帰とチャンピオンシートを巡る攻防

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1993年F1シーズン開幕!気になるシート争い!

1993年のF1GPを振り返っていきたいと思います。

私がF1を見始めたのは1991年の日本GP。
1991年は当時のF1ブームも最高潮に達していた時期でしたが、日本人ドライバーのパイオニア、中嶋悟が引退し、またそれ以降1992年はホンダエンジンも徹底し(当時)、また日本でのバブルも崩壊の時代に入っていった時期でした。

まだまだF1単独のテレビの特番等もありましたが、F1ブームと言う最高潮からは、本当にF1が好きな人が見ると言う移行期に入っていく、そんな時代だった様に思います。

そんな1993年シーズンに話しを戻しますと、一番のトピックはアラン・プロストでした。
1991年チャンピオン争にいに加われなかったプロストは当時在籍のフェラーリを批判し、最終的には決別する形でチームから出る事になり、1992年プロストはF1を一年間休養する事を最終的に決断。

少し1992年の話しをしますと、エイドリアン・ニューウェイが設計した空力マシンに、アクティブサスペンション等のハイテク装備で武装したFW14Bが圧倒的な速さを見せ、シーズンを席巻。
マンセルがシーズン第11戦目(当時は全16戦)でドライバーズチャンピオンを決めたシーズンでした。

© Andrew & Alan Frost / Creative Commons Attribution 2.0 Generic License
(ウィリアムズFW14B)

遡ると1987年はピケvsマンセルの争いで第15戦日本GP(全16戦)がドライバーズチャンピオン決定戦となりピケがチャンピオンに、1988年はセナvsプロスト間でドライバーズチャンピオンが争われ、この年も第15戦の日本GP(全16戦)でセナがチャンピオンを決める。

そして1989年も第15戦日本GPが決定戦となりプロストがチャンピオン、1990年もまたも同じく第15戦の日本GPが決定戦となりセナがチャンピオン、そして1991年もまたも同じく第15戦日本GPがチャンピオン決定のGPとなりセナがチャンピオンを決めた。

freeman(私)
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5年連続で鈴鹿がチャンピオン決定の地になりましたね!
そのうち3回がセナvsプロスト対決!

Rd.GP(サーキット)チャンピオン🥇2位
1987年Rd.15日本GP(鈴鹿サーキット)ネルソン・ピケナイジェル・マンセル
1988年Rd.15日本GP(鈴鹿サーキット)アイルトン・セナアラン・プロスト
1989年Rd.15日本GP(鈴鹿サーキット)アラン・プロストアイルトン・セナ
1990年Rd.15日本GP(鈴鹿サーキット)アイルトン・セナアラン・プロスト
1991年Rd.15日本GP(鈴鹿サーキット)アイルトン・セナナイジェル・マンセル

この様に5年連続でシーズン終盤の第15戦(当時いずれも全16戦)鈴鹿サーキットで開催された日本GPがワールドチャンピオン決定地となっていた事を見ると、1992年のウィリアムズルノーのナイジェル・マンセルがドライバーズチャンピオンを決めたのが8月の第11戦ハンガリーGPだった事がいかに速かったかがわかると思います。

freeman(私)
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1992年は8月にチャンピオン決定と早い時期でした!
マンセル+ウィリアムズルノーFW14Bは速かった!

Rd.GP(サーキット)チャンピオン🥇2位
1992年Rd.11ハンガリーGP(ハンガロリンク)ナイジェル・マンセルリカルド・パトレーゼ

1992年に圧倒的な速さを見せたウィリアムズルノーが、1993年も引き続いて速さを見せることは想像されたわけですが、その最強マシンに誰が乗るのか、と言うところで最終的に1992年一年間休養したアラン・プロストが乗ることになり、1992年チャンピオンとなったマンセルはこのシート争いに関わる政治的な駆け引きにうんざりして1992年をもってF1から引退してしまう。

© Stuart Seeger / Creative Commons Attribution 2.0
(引退したナイジェル・マンセル)

マンセルのチームメイトだったリカルド・パトレーゼもベネトンへ移籍するなど、前年(1992年)にドライバースチャンピオンとコンストラクターズチャンピオンを獲得したチームで両ドライバーがチームから去ると言う状況となりました。

© Martin Lee / Creative Commons Attribution-Share Alike 2.0
(リカルド・パトレーゼもベネトンへ移籍)

セナも1993年からウィリアムズに移籍したかったと言われていましたが、結局プロストが契約した事により、今度はセナが一年間F1を休養するのでは、と言う話しもありましたね!

マクラーレンもホンダの撤退により、フォードのカスタマーエンジンを使用する事になり、競争力の低下を懸念してのセナの休養の選択肢だった様ですが、以外にマシンポテンシャルもあった事から、後にシーズン通しての契約をしたと言われましたが、当時シーズン開幕時はセナは1戦づつ走るか走らないかの契約をしていたと言われていましたね!

freeman(私)
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結局シーズン通して走ったセナも、開幕前までは走るのか休養説もありました!
そのため、マクラーレンはセナが休養した場合は、若手のミカ・ハッキネンを走らせる予定だった様です!

© Martin Lee / Creative Commons Attribution-Share Alike 2.0
(マクラーレンフォードMP4/8を駆るアイルトン・セナ)

1993年のシーズンのポイントとしては、シーズンが始まる前のシート争いから、特に当時圧倒的な速さを誇っていたウィリアムズルノーの椅子取り合戦。
ここに座ったのが前述の通り1992年シーズンを1年間休養していたプロストでした。
(プロストはこう言う政治的な駆け引きが上手いドライバーと言う印象でした)

freeman(私)
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1992年シーズンを一年休養しながら、1993年に当時最強と言われたウィリアムズルノーのシートを得たプロストは、政治力も抜群でした!

© Martin Lee / Creative Commons Attribution-Share Alike 2.0
(ウィリアムズルノーFW15Cを駆るアラン・プロスト)

1993年シーズンのF1カレンダーと開幕時のドライバーエントリーを振り返ります。

まずは、カレンダーで1993年も全16戦で、鈴鹿サーキットで行われる日本GPは第15戦。
本格的なヨーロッパラウンドに入ってからの、「フランス・イギリス・ドイツ・ハンガリー・ベルギー・イタリア・ポルトガル」この黄金の順番は1993年も健在です。

■1993年F1カレンダー(全16戦)

Rd決勝日GP
Rd.13月14日南アフリカGPキャラミ・グランプリサーキット
Rd.23月28日ブラジルGPホセ・カルロス・パーチェサーキット
Rd.34月11日ヨーロッパGPドニントン・パークサーキット
Rd.44月25日サンマリノGPイモラサーキット
Rd.55月9日スペインGPカタロニアサーキット
Rd.65月23日モナコGPモンテカルロ市街地コース
Rd.76月13日カナダGPジル・ヴィルヌーブサーキット
Rd.87月4日フランスGPマニクールサーキット
Rd.97月11日イギリスGPシルバーストーンサーキット
Rd.107月25日ドイツGPホッケンハイムリンクサーキット
Rd.118月15日ハンガリーGPハンガロリンクサーキット
Rd.128月29日ベルギーGPスパ・フランコルシャンサーキット
Rd.139月12日イタリアGPモンツァサーキット
Rd.149月26日ポルトガルGPエストリルサーキット
Rd.1510月24日日本GP鈴鹿サーキット
Rd.1611月7日オーストラリアGPアデレード市街地コース

1993年のドライバーラインアップは(シーズン開幕時)、前年のワールドチャンピオンのナイジェル・マンセルが引退し、アラン・プロストが復帰。
アラン・プロストのチームメイトには、元F1ドライバーグラハム・ヒルの長男のデイモン・ヒルがブラバムから移籍。
またゲルハルト・ベルガーはマクラーレンからフェラーリへ移籍し、リカルド・パトレーゼはベネトンへ移籍し、ミハエル・シューマッハのチームメイトになるなど、トップチームでの移籍も目立ちました。

また、日本人ドライバーはフットワーク無限ホンダの鈴木亜久里と、ティレルヤマハに移籍した片山右京が前年の1992年に引き続き参戦。

freeman(私)
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鈴木亜久里はフットワーク無限ホンダで2シーズン目を迎え、片山右京はラルースからティレルヤマハに移籍し、中嶋悟が付けていたカーナンバー3を引き継ぐ!
亜久里は無限ホンダエンジン、右京はヤマハエンジンで2人とも日本のエンジンで走ることになりました!

© machu. / Creative Commons Attribution-Share Alike 2.0
(鈴木亜久里)
© Martin Lee / Creative Commons Attribution-Share Alike 2.0
(片山右京)

■1993年F1エントリーチーム&ドライバー

チームドライバー(car.no.)ドライバー(car.no.)
ウィリアムズルノー0.デイモン・ヒル2.アラン・プロスト
ティレルヤマハ3.片山右京4.アンドレア・デ・チェザリス
ベネトンフォード5.ミハエル・シューマッハ6.リカルド・パトレーゼ
マクラーレンフォード7.マイケル・アンドレッティ8.アイルトン・セナ
フットワーク無限ホンダ9.デレック・ワーウィック10.鈴木亜久里
ロータスフォード11.アレッサンドロ・ザナルディ12.ジョニー・ハーバート
ジョーダンハート14.ルーベンス・バリチェロ15.イワン・カペリ
ラルースランボルギーニ19.フィリップ・アリオー20.エリック・コマス
ローラフェラーリ21.ミケーレ・アルボレート22.ルカ・バドエル
ミナルディフォード23.クリスチャン・フィッティパルディ24.ファブリツォ・バルバッツァ
リジェルノー25.マーティン・ブランドル26.マーク・ブランデル
フェラーリ27.ジャン・アレジ28.ゲルハルト・ベルガー
ザウバーイルモア29.カール・ヴェンドリンガー30.J.J.レート
(シーズン開幕時のエントリーシート)

プロストがウィリアムズルノーから復帰した1993年シーズン。
ホンダエンジンがF1から撤退し、去就が注目されるセナ。
セナプロ対決になるのか!

それとも、昨年の1992年のベルギーGPでF1初優勝をあげ、着実に力をつけているベネトンのミハエル・シューマッハが絡んでくるのか。

1993年シーズン開幕以降も綴っていきます!
お楽しみに!

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